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2011.03.02 (Wed)

どうにもならない

入所している施設から来て欲しい、との連絡があり行ってきました。

最初に施設長の医師から、状況を聞きました。
レントゲン写真やCTを見ながら心臓の肥大、脳の萎縮が進んでいる
と説明を受け、呼びかけをしても返事をしないし
食事も摂ることが出来ない。

しばしば熱も出るので、抗生物質投与で対応すると下がる
今は、点滴だけで全て対応しているが
最近はこれを繰り返している。

このままでは栄養不足

だから、どうするか相談したい。


今、入所している施設は老健と呼ばれる施設
元々、入所要件は病気が安定していて、病院へ行く必要がない老人が
リハビリ等を通じて、普通の日常生活を送り家に帰れるようにする施設
なんです。
だから、施設から病院へは行けないんです
処方箋を貰う事もできません。

どうしても、病院なら一旦退所して病院へ行き
病院で治まったら、再度入所手続きをする
という手順になるのです。

特養にはこんな制限はありません。
でも入れませんし、病院へはやはり付き添いが必要みたいです。

医師から、他の病院で胃に穴を開ける胃ろうをするか
(この場合、病院で手術のため2週間程、付き添いが必要)

またはこの施設で鼻からチューブを入れて、栄養剤を入れる。

どうしますか?



最初に病気になり、骨折し、安定したから退院と言われ
次に紹介してもらった病院を思い出します。

地獄のような場面でした。
この病院に入院は絶対無理
母親が可哀想だし、僕らの精神面が持たない
考えただけで、涙がでてくる状況でした。

だから、病院から大丈夫かと言われても、家に連れて帰ったんです。
そして介護をしてきたんです。


振り出しに戻りました。


点滴だけ、という事も言ってみました。
医師はそれなら、ここに居る意味が無い・・・・
それ以上は、僕も医師も言いませんでした。

とにかく、胃ろうは母親も嫌がってたのでしたくない。
また2週間も付き添いは無理です。

結論は決まりました。



部屋に行くと、母親が寝てました。
全く別人のように変化しています。
喋ることが出来ないようです。

ただ声をかけると、僕が分かるようで
肯いて、返事をしてました。
体を動かす事さえ出来ないみたいです。
脳のダメージが大きいのでしょう


もう十分だね

本当はもう楽にしてあげたいけど、それも出来ない。
最後まで、苦しむことをしなければいけない。

もう家に連れて帰ることはできない。


宜しくお願いします。


医学は人を助ける事も大きいが、残酷なこともあるな

こんな事を言ったらいけないのかも知れないが
最初に心臓が止まったときに、そのままならこんなに苦労しなかったのに

電気で蘇らせ、薬でもたせ・・・・・
若ければ、それでいいと思うが
年をとった心臓が悪い老人には酷に思える。


ただ、僕らも覚悟を決めていたせいか
最初の病院で見た感情はなく、冷静に見てました。


もうこれ以上、変化していく母親を見るに耐えません。
施設の人には申し訳ないですが、宜しくお願いします。



僕らの人生も、最後はどうするのか
子供達に迷惑を掛けたくないし
意思表示をしっかりした物を残し、今から準備しておこう


そんな事を話しながら、帰りました。


次はどうなるかわかりません。


テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

08:20  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(7)  |  編集  |  Top↑

*Comment

■ああ・・・

私は読みながら・・・涙で・・・
もう書けません。

でも気を取り直して・・・
これは今の老人医療のひずみが、如実に出てきている証しです。
だからといって、どうすればいいのか私にはわかりません。

ただ、よく介護なさったと思いますよ。

NANTEI |  2011.03.02(水) 15:08 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2011.03.03(木) 00:24 |   |  【コメント編集】

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 |  2011.03.03(木) 10:30 |   |  【コメント編集】

■自分の家のことを書きます

私の祖母は施設で、もう何も分からなくなってから四肢をベッドに縛られて点滴をしていました。そうしないと暴れて点滴が外れてしまうからだそうです。
初めてその姿を見た時はショックで涙も出ませんでした。
かと言って自宅に連れ帰って自分達で面倒を見られる容態でもありませんでした。
最後は鼻から通したチューブから栄養を摂って息をしていました。

その時いやしんぼうの私は、食べられなくなってまで生きていたくないと思いました。
だから娘に「私に、もし何かあったら延命治療はしないで欲しい。」と話しました。
娘からも母からも「私もそうして欲しい。」と言われました。

本当に医療の進歩はたくさんの命を救って素晴らしいものですけど時には残酷なことにもありますね。
祖母は90歳で神に召されました。
最後はちょっと辛かったけど(祖母には辛いもなかったかしらね)ステキなこともたくさんの生涯だったと思います。
アビmama |  2011.03.03(木) 12:51 |  URL |  【コメント編集】

■みなさんへ

南亭さん、アビmamaさん、そして心配してくださった皆さん
心配かけて、申し訳ありません。

母親は終末期を迎えたと思っています。
記事にも書いたように、最初の様に動揺はありません。
今の自分にはどうすることも出来ません。
ただ、ただ、お願いするのみです。

本来、今の状態は退所して病院に入院する段階だと思うんです。
でも入院すると、救急性の病院と療養型の病院があり
救急性病院ならすぐ退院と言われ、療養型病院へ移りますが
非常に高い費用がかかります。
やはり死ぬまでお金なんですね。
今、母親はなんとか施設で診て頂いてる状況なので、全てを
任せてお願いするしかありません。

母親も理解してくれると思います。

終末医療は国としてもっと議論して、本人希望を認めるべきでと思います。
それが膨大な医療費削減になるし、国の借金を減らせる早道だと
思います。


でも、現実は一番身近な家族と本人が延命処置拒否を希望しても
公式な遺言書が無ければ、家族や親戚に逆に延命を希望する
人がいた場合、その人が医師を訴えて裁判になるとがしばしばある
ようなんです。
だから、医師が慎重になるんです。
その事が、本人の望まない延命治療へ行くんですね。
そして、国がおかしくなってしまう。

殆どの人が、正式な遺言状を持ってないと思うんです。
僕達夫婦もありません。
将来、どう変わるか分かりませんが、
遺言書は作っていこうと思います。



ちょっと暗い話になりました。
また、料理の話に戻りたいと思います。
メタボ夫婦 |  2011.03.03(木) 19:19 |  URL |  【コメント編集】

■こんばんは。

メタボさん。
実にしっかりとしたご意見、尊敬します。
AかBかCか・・・悔いのない決断があるはずはありません。
いろいろな意見があるはずですが、
私は共倒れをしない方法、それが一番だと思っています。

何度も勝手なことを言ってすみません。
楽しい食卓をお待ちしています。
NANTEI |  2011.03.04(金) 00:03 |  URL |  【コメント編集】

■NANTEIさん

ご心配かけて、申し訳ありません。
貴重な助言、有難うございます。

やはり、いろいろと考えてしまいます。
でも幸か不幸か、母親の身内は僕達夫婦しかいませんので
これからの方向については、揉めることはありません。

母親も大事ですが、僕達夫婦の人生も大事
無理せず、その時の最善でやっていこうと思ってます。


ブログも、直ぐに戻ります・・・あはは
メタボ夫婦 |  2011.03.04(金) 08:00 |  URL |  【コメント編集】

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