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2012.11.04 (Sun)

平清盛「忠と孝のはざまで」

最近はタイトルを見て、番組の内容を予想して書いてるんですが
この「忠と孝」が良く分かりませんでしたの調べてみました。

そうすると、忠とは君主に従う事、孝とは親に従う事なようです。
見えてきました。
ドラマの時期の棟梁で、後白河法皇と平清盛の間で苦しむ重盛の事ですね
そんなことで今日も書いてみたいと思います。

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

前回までの解説と新相関図はこちら⇒


鹿ケ谷の陰謀を見抜いた?清盛は後白河法皇以外の参議した人を捕まえ
尽く殺してしまいます。重盛は義父にあたる藤原成親だけは、助けてもらうように
清盛に頼みますが、清盛は聞き入れません。
重盛は左大将を辞任して清盛に抗議しますが、成親は備前国(今の岡山辺り)に配流されてしまうのです。

重盛は後白河法皇に対して成親を通して交渉を行ってたらしく、成親は重要な義父であり
重盛の長男・維盛と成親の次女とを結婚させる等して親密な関係でした。

平家の棟梁は清盛ではなく重盛のはずなんですが、清盛の力が偉大で思うようにできません。
重盛は成親に対して励ましの言葉を送り、衣服等を送ってましたが結局、成親は殺されてしまいます。

重盛は面目丸つぶれで、平家の中でも浮いた存在になっていき、代わって頭角を現すのが、平宗盛になるの
です。

しかし皮肉にもこの事により、後白河法皇から言われた比叡山の強訴を阻止できたのです。
見かけ上、また後白河法皇と清盛は平穏を保ちます。

翌年、平家には嬉しい事が起こります。
高倉天皇の中宮になった徳子に男の子が生まれるのです。
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清盛は狂喜乱舞して喜び、後白河に対し言仁親王を皇太子にするよう要請し、それが受け入れ
られます。これで清盛は天皇の祖父となって自分が思い描いた最高の位置に就けるのです。

平清盛の最高の時じゃないでしょうか


清盛を振り返ってみますと、忠盛の子として育てられ、何を思って世の中を治めたかったのでしょう
天皇家の親族としてなって、目指す世を作りたかったのか、その後どうしたかったのか
もう一度、庶民の暮らしからみた清盛を見て見たいですね

一方の、源頼朝と義経は動き始めます。
清盛を見てどう思ったのか、単なる父の仇なのか

その辺のところをインタビューしてみたいところです。



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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

09:22  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)  |  編集  |  Top↑
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