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2012.10.07 (Sun)

平清盛「兎丸無念」

今日はどんな内容なんでしょうね

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

HPの方は遅れてまして、スミマセン!


予告でもありました義経と弁慶
五条の橋での出来事は余りにも有名ですが、その後がさっぱり分かりません。
このドラマでも、この部分だけではないかと思うのです。

一方、築島工事を担当していた兎丸が、悔しさをむき出しにしたシーンから想像すると
この話しかないのでは無いでしょうか


清盛が日宋貿易に狙いを定めて、大輪田泊を利用しようとしますがその場所は
おおよそこの赤丸の辺り(江戸時代の地図が見つかりました)
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ここは北風には六甲山があり、西からの風には和田岬があって、波を防いで
くれるのですが、南東からの風には防御が無く船が転覆する事があったようなんです。

そのために島の様な防波堤を作ろう、というのが清盛の計画だったんです。
山を削って埋め立てていきますが、潮の流れが速くて難工事であり、完成目前に潰れた
事が二度もあったんです。

そこで清盛は、陰陽師に占わせると
「これは竜神の怒りである。三十人の人柱と一切経を書写した石を沈めると成就
するであろう」というのです。

清盛は、生田の森に隠れ関所を設けて通行人の旅人を捕らえさてたんですが、人々の
悲しみや非難は大きかったようです。

そこで清盛の侍童で香川城主、田井民部の嫡男、松王丸が
「人柱の事は罪が深い。私一人を身代わりに沈めてください」と申し出たのです。
最初は聞き入れなかったのですが、他に手立てが無く

1161年7月13日、千僧読経のうちに松王丸は海底に沈み、その後工事は順調に行われ
経が島が見事完成したのです。
というお話
この松王丸ってのが、兎丸の仲間じゃないかと思うのですが?・・・どうでしょ

この舞台となったのがこのあたりの場所で、当時の二条天皇がこの話に感激されて
松王丸を弔うために建てられたのが来迎寺というお寺(新しいお寺に建替えられてます)
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この中に入ってみますと、松王丸の墓があるのです。
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ところがこの話、先ほど書いたように1161年なんです。
という事は、源頼朝が伊豆に流罪になった年で、清盛は随分前から福原に行って
いたんですね。その時の話なので、ドラマとは時期がズレてます。
それとこの話の出所を、調べてるのですが分かりません。


もう一つの別の話
何時も清盛の事を、極悪非道の悪いやつと書いてる平家物語
ところが、ここでは心優しい清盛の姿が描かれてるのです。

経が島の築島で上手くいかないところまでは一緒なんですが、その時家来が
人柱を立てようと言うのです。
清盛は「それは罪業なり」といって反対し、代わりに自分が一切経を書いた石を
築くので、それを代わりに埋めよと言って、その石を沈めたのです。
そのお陰で人柱という犠牲者を出さず、築島は完成したと清盛を絶賛したのです。
この話には、松王丸は登場しません。


どっちの話が本当なんでしょうか
但し、平家物語ではこの工事開始が宋船が来た年より2年遅く、1173年とある
ことから、実態と離れているようで、前者の話が実際の話なのでしょう

しかし、ドラマでは今1173年・・・ピタッと合う
じゃぁ、こっち?
そうすると松王丸は登場しないから・・・・うむ~~~~分からん・あははは

清盛っていうのは悪いやつ、いやホントは優しいやつ、どっちだろう????



さあ今日のこの話、ドラマと合ってるでしょうか
外れてたら・・・・ゴメンネ!!



<追記>
外れましたね、すみません
まさか兎丸自信が松王丸のように死ぬとは思わなかったです。

今日のドラマは完全なドラマだけの内容で、最後の一切経書いた石を沈めた
所で終わった所は合ってましたね・・・だけどアウト!



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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

06:26  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)  |  編集  |  Top↑
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